昭和五十四年十月二十三日 朝の御理解
御理解第二十八節
「病人や代々難儀の続く人が、神のおかげを受けるのは、井戸替をするに、八九分替えて退屈して、止めれば掃除は出来ぬ。それで矢張り水は濁って居るやうなもので、信心も途中で止めれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になる迄、病気災難は根の切れる迄、一心に、壮健で繁昌するやう、元気な心で信心せよ。」
元気な心で信心する、という事でなからなければ出来ません。
同時に、その元気な心で信心する、という信心の焦点が間違っておっては、また徒労に終わってしまう事になります。
焦点を間違いなく、それでいて元気な、いわゆる生き生きとした心で、信心を進めて行かなければならん、と言うのです。
東京の支部大祭を終わらせて頂いて、帰らせて頂く為の準備が出来て、二階から下へ降りてお茶を一服頂いております時に、あちらの、福岡の鳥栖から行っとります上野さんの長女、須磨子さんですね。あちらに嫁に行って辛抱しましてから、今、息子も大学ですか、
もう随分大きくなっとりますが。まあ十七、八年になるんぢゃないですか。
本当にその当時、まあいうなら玉の輿に乗ったように言われておりました。また事実そうであったかも知れませんけれども。
何と話にいうならば、苦労は絶えんというわけです。やはりその、
金に不自由せんとか、物に不自由しないとか、ただ主人が良い、というだけぢゃいけないようですね。もう何もかもが、足ろうて行かなけりゃならない。
全然畑違いの所から嫁ぎましたから、商売のコツというか、そういうような中にそれを覚えていく、という事だけでも、ま、大変だったろうと思います。
厳格な両親が居られるお店は、何と申しますか、小さいお店ですけれども、非常にのれんを大事にされる、ま、いうならば、大皇殿下にお寿司を握ってでも差し上げれるような格のあるお店です。
ですからそこの嫁として、やっぱ随分修行もあった、修行というよりも苦労があった、と思うですけれども。
私が帰るという段になった時に、「親先生、親先生がお見えになる朝、こういうものを拾わせて頂いて、何か御神意があろうと思うて。」と言うて持って来たのが、クリスチャンの方が首にかけます、
りっぱな十字架なんです。
十字架を、私があちらへ着く朝拾った、と言うのです。
いやあ本当に今、合楽でこの事がしきりに言われとる時だよ、とね。
いうならば難儀が続いておる、それこそ茨の道を歩いておる。これは信心が無かっても、まあ、難儀な事を、十字架を担っておる、背負って、と云う風に申します。
信心があっても、それは、ま、因縁の為だ。いうならば罪の為だ。
金光教では、それをめぐりのためだ。というふうに申しております。
今日の御理解頂きますとね、代々、病気、災難、難儀、そういうものが続く家庭がある。そういう人達がおかげを頂く為にはね、いわゆる生き生きとした信心。そして、間違いのない焦点を置いて信心していく。それを八分目、九分目で止めてしまうような事をするから、いつまでたっても根は切れぬ。という教えですけれどもね。 これを最近合楽ではね、その難儀が、おかげになる。と云う風に言われます。
いうならば、今迄、十字架を背負っておったね。これは、ま、自分の宿命だ、運命だ、と云う風に思って、けなげにもそれに取り組んでおるけれども、それはやはり苦労ね。
その十字架をプラスの字にして行かなきゃいけない。それは自分の観念を変える事によって、即その助かりの手立てになってくるんだ。という御理解を、合楽で頂いておりますから、その事を簡単に云いますと、今、合楽でこう言われておる。
まあ本当に、あんたの今迄の生き方で言うたら、もう恐らく一生十字架を担うて行かなければいけない事だろうと思う。そういう感じなんですよね。あの人を見ておるとね、どっか色々見て、どう考えてもそんな感じがするんです。
須磨子さんという人はね。仲々気が利いて利口でもあるし如才がないね。いつも、何かこう、人の影に隠れて、ま、隠れてなら良いけれども、何か人の重荷を自分一人で持っておらなきゃならん、という感じなんですね。
だからもう自分はそういう宿命にあるんだ。というふうな頂き方をしておっては、今日頂く様な信心をいくらしておっても、やはり一生が苦労に終わってしまう。
そこで、その一生を修行に。という事になるとお徳を受けます。力を受けますね。徳を受け、力を受ければ持っておる物も軽い物になってまいり、難儀を難儀と感じませんね。
そういう心が開けてくるところから、いうならば宿命と思うておった、その運命は切り替えられますね。
だから即、いうなら十字架を十の字にする。という事は、観念が変わったら、苦労がその場で、ああ修行。と頂いたら、いうならば先日から頂きますように、夜が明けたら元日と思い、日が暮れたら大晦日と思って。といった様な、修行が楽しゅう出来る様になるんですね。
だから問題は、その八分目、九分目替えて、それで退屈して止めてしまえば、「とこう言われるが、もうこれは出来ません」、という事になると、これ以上の辛抱は出けん、という事になるのですね。
けども、それが修行という事になると、その内容が変わってまいります。
また修行をして頂けば、神様が受けて下さいます。
受けて下さるその反面、というか、受けて下さる事によって神様が、
いうならば力を与えて下さる。
そうでなからなければ頂く事のでけん喜びを与えて下さるね。
はあ、これがお徳というもんであろうか。と言うお徳が、段々蓄積されていく事が楽しくなってくるね。
そこには問題の様相というものが変わってくる、いうなら自他共に助かっていけるような道が開けてくる。
皆さん、これはね、信心辛抱と言うても、ただ、それを修行として頂ける観点に立っての信心でなからなければね。修行と言うておっても、それを苦労と思う間は、おかげにならんです。
やはりその観念がすっきりと、こう、手の平を返すように変わって来なければね。
どんな苦労の中にも、それこそ意気揚々としたものが生まれて来るんです。
元気な心で信心せよ。とおっしゃるのは、そうなんです。
お金に不自由しとる人が、借金の断りを言わなけりゃならん。これも修行と思うていても、本当にきつい、もうこげな貧より辛いものはない。と言うておる間はね、それは修行にならんですね。
それを本当に修行として頂く時には、神様がこういう、ひどい、きつい修行を求めなさるからには、これは神様が私に対する大きな期待があるんだな、とね。
私が当時思ったように、これは、末は横綱か大関か、と言う位の期待があるからこそ、土俵上で投げたり、転がされたり、それこそ脇の方から、見ちゃおれんような、難儀が続いておるけれども、これは神様の大きな期待があっての事だから、この修行にヘコタレちゃならん。と言う心が生まれた時に、私の心の中に開けておるのは、
重い足を引きずるようにして、借金の断りに行ってた私が、意気揚々として金借りに行くような気持ちでおった。
いわゆる、その難儀な所をです。金は銀行に預けに行くごたる気持で行けた。心の中にね、そういうものが開けて来た。という事なんですよね。
いつも聞いて頂くようにね。
私が借金の断りに行く、その道中でね、お相撲さんの鍛われておる話を聞いて、私は本然として心の中が開けた。開けたら、断りに行かなならん、また神様も行け。と言われるから行かなならんけれども、本当にあちらの方へ行って、断りは゛言う時の事を思うたら、
足が、身体が、ちぢこむごたる思いがするね。
そんな時には、自分は修行と思うとっても、修行として神様は受け取って下さらないわけです。
修行なら、こげな有難い事はないぢゃないか。神様が修行を求めなさるからには、大きなおかげを下さろうとするからこそ、修行を求めなさるのだから。と言葉で言やあ、そういう事になってくるんですね。
それこそ心の中で、しれっと笑いたいものが、生まれてくるんです。いや、いや、もう、しれっと心の中でぢゃなくて、それこそ意気揚々として行けれる、という事。
「もう大坪さん、これ切りで来てもらわんでん良かばいの、そいこそあんたに金が出来た時、払うちくれんの」。といったようなおかげに、展開してくるんですね。
もう十字架が、一遍にプラスの字になっとるでしょうが。
ですからそこを願い、そこを求めての信心が、昨日の御理解を頂きますとですね。
小さい事にこだわらず、大きな事におどろかんで、すむような信心をさして頂きたい為には、いつもが私共の心の中に、願いとする焦点、まちがいのない焦点、それは天地のように生きたい。これなんですね。
本気で、天地のように生きたい、そういう焦点をめざしての、私共の信心であるならばです。本当に、ま、修行さして頂いて、と言いよるけれどもね。
これは私の場合、いつの場合も、非常に苦労でしたけれども、晩に神様に御礼を申し上げる時には、本当に結構な修行を頂いて、ありがとうございます。と言うて、有難涙が出よった事は、事実なんですね。
もう、一日、足は棒にして、しかも寒い時に、自転車も無くしてしまっとる頃ですから、福博の町を、町から町へ、こう、歩いて行商して回っておる、それこそタオル一筋が売れなかった。といった時でもです。
帰ってから、神様の前に御礼を申し上げる時には、本当に結構な修行をさして頂いて、と云う言葉でした。ですから有難涙がこぼれたんです。
だから、そういう修行は、長くは続かなかったでしょう。
私の過去の事を皆さんは、知っておって下さるでしょうから。
そうでしょうが。
いつも、その難儀というものを、修行として受けさしてもらうけれど、その難儀はそう長くは続いていない、という事ね。
ですからね、例えば、これを本当に喜びに変わるような信心修行とは、どういう事であろうか。という事を一つ、日々の御理解に求めて行かれるね。
そこから、苦労ではない、ね、それこそ清水になって、こんこんと湧き出るような、おかげの頂けれる事を確信し、また確信が出来てくるようになるね。
最後に、元気な心で信心せよ。とおっしゃるのは、苦労というものを修行というとるだけではなくて、今日も結構な修行さして頂いて有難いと、本当に心の底から、御礼が言えれるような修行でなからなければ修行にならん。
口で修行と言うておっても、やはり苦労、苦労では、神様は受けて下さらんね。
それこそ一生十字架を、背負うて過ごさなければならない。
一生が茨の道で終わらなければならない。
十字架をプラスにする行き方ね。それをここではね、途中で止めれば、というふうにおっしゃっておられます。
いつまでたっても十字架であるのですね、だから、そういう心の開けてくるような信心を、いうならば生き生きとしたね、信心が求められる訳であります。
神様の本当の働きぢゃ畏れいるなあ。といつも思うんですけども、
その東京で、ほんな帰りしなに須磨子さんが、私があちらへ参りました朝、その十字架を拾ってる、ち。神様が須磨子さんに、もう一生、十字架を担わしてはならん、と。
まあ、神様におすがりしてから、また神様の御神意のままに、あちらへ行った事ですから、本当におかげで、おかげで、と言われる様なおかげを頂く事の為に、その朝十字架を神様が下さる、本当に物言うてござるような感じがするでしょうがね。
私は、その事もね、お祭りが済んだら、お話の中に、させて頂こう。と云う様な思いが、ちらっと、動いたんですけども、お話してなかった。その、ちらっと思うた事は、いうならば、須磨子一人に話して下さる、とする、いうならば、神様の御都合だったなあ、と思わしてもらうんですね。
皆さん、本当にね、十字架が、プラスになるような信心修行に、本気で取り組まなければいけませんよね。「どうぞ」